「データドリブン経営」「データ駆動型経営」「AIを活用したデータ分析」。
こうした言葉を耳にする機会が増えました。企業に蓄積されるデータも、販売実績、顧客情報、広告効果、従業員情報、生産実績、会計データなど、以前とは比較にならないほど増えています。一方で、AIにデータを大量に与えれば、何か有益な答えが出てくるはずだという考え方には注意が必要です。AIがもっともらしい分析結果を提示したとしても、その結果が妥当なのか、分析に使われたデータに問題はないのか、その数字を経営判断に使ってよいのか。最終的に判断するのは人間です。そのためには、個々の分析手法を使えること以上に、データから何が言えて、何が言えないのかを理解しておく必要があります。今回は、古くから使われている一方、現在でも企業実務で十分に活用できる重回帰分析を取り上げます。分析手法そのものを詳しく説明することは本稿の目的ではありません。むしろ、重回帰分析を企業経営のどこで使えるのか、また、分析結果を見る際に何に注意すべきなのかを中心に考えてみます。
■重回帰分析とは何か、いつ使うのか
企業経営では、結果に影響している要因は何なのかを定量的に知りたい場面があります。例えば、営業部門で売上が増えたとします。営業担当者が頑張ったからという説明はできます。しかし、本当にそうでしょうか。営業担当者の訪問件数が増えたからなのか、広告を増やしたからなのか、商品単価が上がったからなのか、市場そのものが拡大したからなのか。複数の要因が同時に動いている場合、単純な比較だけでは、どの要因がどの程度結果に影響したのか分かりません。回帰分析は、こうしたある結果とそれに関係すると考えられる要因の関係を数式として表現する方法です。
例えば、チラシの配布枚数から売上を予測するのであれば、概念的には、
売上 = チラシ枚数 × 効果 + その他の要因
という関係を推定します。チラシ枚数が原因で売上という結果を生み出す、という関係性から、チラシ枚数を説明変数、売上を目的変数と定義します。
これを複数の要因に拡張したものが重回帰分析です。
例えば、
売上 = 営業訪問件数 + 広告費 + 気温 + SNS投稿数 + その他の要因
というように、複数の説明変数を同時に扱います。
ここで重要なのは、重回帰分析によって因果関係が証明されると単純に考えないことです。分析によって確認できるのは、基本的にはデータ上の関連性です。それを因果関係として解釈するには、データの取り方や変数の設定、時間的な順序、他の要因の影響などについて、別途検討する必要があります。この分析結果をそのまま因果関係と解釈しないという姿勢は、AIに分析をさせる場合にも非常に重要です。
■必要なツールとデータ数は?
重回帰分析を始めるために、高価な専用システムが必須というわけではありません。基本的な分析であれば、Excelでも十分に実施できます。Excelの分析ツールを有効化すれば、回帰分析を利用できます。では、どれくらいのデータが必要なのでしょうか。簡易的な目安としては、想定される説明変数の数の10~20倍程度以上のデータを用意する、と考えることができます。例えば、説明変数を5個使うのであれば、50~100件程度が一つの目安になります。ただし、これはあくまで簡易的な目安です。データ数が100件あれば必ず十分というわけでもありませんし、1000件あれば必ず正しい分析になるわけでもありません。データのばらつき、外れ値、説明変数同士の相関、時系列データかどうか、目的とする精度などによって、必要なデータ量は変わります。むしろ企業実務では、データが何件あるかだけでなく、そのデータが分析に適した形で蓄積されているかを見ることが重要です。
■重回帰分析で気を付けるポイント
重回帰分析は、複数の要因と結果との関係を定量的に分析できる便利な手法です。一方で、分析を実行すれば自動的に正しい答えが出てくるわけではありません。極端に言えば、間違ったデータを入れれば、間違った結論を非常にもっともらしい数字で出してくれるのがデータ分析です。そのため、分析結果の数値だけを見るのではなく、どのようなデータを使い、どのような仮説で分析したのかを確認する必要があります。特に注意したいのが、以下の4つです。
①データの集まり方に偏りがないか
まず重要なのが、分析に使うデータそのものです。例えば、営業担当者の訪問件数が多いほど、売上は増えるのかを調べるとします。一見すると、訪問件数と売上のデータを集めて分析すればよさそうです。しかし、実際には、売上が高くなりそうな顧客だから、営業担当者が重点的に訪問していたということが起きているかもしれません。この場合、データ上は訪問件数が多い顧客ほど売上が高いという関係が見つかります。しかし、それは必ずしも訪問件数を増やせば売上が増えるという意味ではありません。もともと有望な顧客だったために訪問件数も多く、結果として売上も高かった可能性があるからです。つまり、分析対象となるデータがどのように生まれたのかを考えないと、結果を誤って解釈してしまいます。企業のデータ分析では、データが完全にランダムに集まっていることはむしろ少なく、営業担当者の判断、顧客の属性、地域、商品特性などによってデータの集まり方に偏りが生じます。そのため、データがたくさんあるから大丈夫ではなく、そのデータは、どのような条件で集まったものなのかを確認することが重要です。
②説明変数同士が似すぎていないか
次に注意したいのが、分析に入れる要因同士の関係です。
例えば、売上に影響する要因として、
・営業訪問件数
・営業担当者の稼働時間
を入れたとします。
一般的には、営業訪問件数が多い人ほど稼働時間も長くなるでしょう。つまり、この2つのデータにはかなり似た情報が含まれています。この状態で訪問件数と稼働時間のどちらが売上に影響しているのかを分析すると、それぞれの影響をきれいに切り分けることが難しくなります。結果として、分析結果の係数が不安定になったり、実際には重要な要因なのに影響がないと判断されたりすることがあります。これは、説明変数同士が強く関連していることで起こる多重共線性と呼ばれる問題です。企業実務では、似たような指標をとりあえず全部入れるという分析をしないことが重要です。例えば、売上に影響する要因をできるだけたくさん入れれば、より精度の高い分析になるとは限りません。何を測定したいのかを明確にしたうえで、それぞれの変数がどのような意味を持つのかを考えて選ぶことが重要です。
③要因同士の組み合わせを見落としていないか
重回帰分析では、それぞれの要因が単独でどの程度影響しているのかを見ることが基本になります。しかし、現実のビジネスでは、Aが増えればBも増えるという単純な関係だけでは説明できないことがあります。例えば、広告費と売上の関係を考えてみます。広告費を増やせば売上が増えるように見えても、実際には、営業力の高い地域で広告を増やしたときだけ、広告効果が大きくなるということがあるかもしれません。この場合、広告費そのものの効果だけではなく、広告費×営業力という組み合わせによって効果が変わることになります。これを交互作用と呼びます。
企業活動では、このような組み合わせが数多く存在します。
例えば、
・経験の浅い社員ほど研修効果が大きい
・高価格帯の商品ほど営業担当者の提案力が売上に影響する
・広告効果が地域によって異なる
・生産設備の稼働率によって、原材料価格の影響が変わる
といったケースです。そのため、単純に最も係数が大きかった要因を見つけて、それだけを強化すればよいとは限りません。どのような条件のときに、その要因が効くのかまで考えることが重要です。
④外れ値や特殊な出来事に引っ張られていないか
最後に注意したいのが、極端なデータや特殊な期間のデータです。例えば、ある月だけ大型案件を受注し、売上が通常の3倍になったとします。このデータをそのまま分析に入れると、大型案件が発生した月の条件が売上を大きく左右する要因として分析結果に反映される可能性があります。また、コロナ禍のように、通常の企業活動とは大きく異なる状況が発生した期間のデータも同様です。もちろん、こうしたデータを勝手に除外すればよいわけではありません。むしろ重要なのは、この数字は通常の状態を表しているのか、それとも特殊な事象によって生まれた数字なのかを確認することです。例えば、異常値が一時的なものなら、その影響を考慮した分析が必要かもしれません。一方で、その異常値自体が経営上重要な現象であれば、むしろ別の分析対象として扱うべきでしょう。つまり、外れ値を機械的に邪魔なデータとして削除するのではなく、なぜその数字が発生したのかを確認することが重要です。
■では、重回帰分析を企業実務でどう活かすのか
ここからが本題です。重回帰分析の価値は、統計学の知識を披露することではありません。経験や勘で語られていたことを、データを使って検証する。ここに企業実務上の大きな価値があります。
①営業―売れる営業の条件を定量化する
例えば、営業担当者ごとに売上が大きく異なっているとします。
そこで、
・顧客訪問件数
・商談件数
・新規顧客への訪問割合
・営業経験年数
・担当顧客数
・提案回数
・商談から受注までの日数
などを説明変数として、売上や粗利との関係を分析します。すると、訪問件数を増やすことが本当に売上増加につながっているのか、新規訪問と既存顧客訪問のどちらが効果的なのかといった問いを検証できます。これは営業担当者の評価にも使えます。ただし、単純に係数が大きいから、その行動を増やせばよいと考えてはいけません。例えば、優秀な営業担当者ほど大型顧客を担当しているのであれば、単純な売上比較には担当顧客の違いが混ざっています。重回帰分析を使うことで、こうした複数の要因をある程度切り分けながら、営業活動のどこに改善余地があるのかを探ることができます。
②マーケティング―広告費は本当に売上を生んでいるのか
マーケティングでも重回帰分析は非常に使いやすい領域です。
例えば、
・Web広告費
・SNS投稿数
・メール配信数
・店舗キャンペーン
・チラシ配布数
・季節性
・商品価格
などと売上の関係を分析します。重要なのは、広告を出したら売上が増えたという事実だけではありません。広告を出していない場合と比較したときに、他の条件を考慮しても広告が売上と関連しているのか。さらに、広告媒体ごとに効果の大きさが異なるのであれば、限られたマーケティング予算をどこに配分するべきなのか、という経営判断につなげられます。
③人事―離職や生産性を個人の問題にしない
人事領域でも活用できます。
例えば、離職率を分析するのであれば、
・給与水準
・残業時間
・有給取得率
・勤続年数
・上司との面談頻度
・配属部門
・評価
・通勤時間
・エンゲージメント
などとの関係を見ることができます。最近の若手はすぐ辞めるといった感覚的な議論を、データに基づく議論へ変えることができます。また、生産性についても、研修時間、経験年数、業務量、チーム構成などとの関係を分析することで、研修を増やせば本当に生産性が上がるのかといった仮説を検証できます。人事施策は効果測定が難しい領域ですが、だからこそデータによる検証の余地があります。
④会計・管理会計―利益を生む構造を分解する
重回帰分析は、会計データとも相性があります。
例えば、営業利益を目的変数として、
・売上高
・原材料価格
・人件費
・生産量
・稼働率
・製品構成
・販売管理費
などを分析すれば、利益がどのような要因によって変動しているのかを把握する手掛かりになります。製造業であれば、製造原価の変動要因を分析することもできます。原価が上がったという結果だけを見るのではなく、材料価格、投入量、稼働率、製造数量、製品構成などに分解していく。こうすることで、単なる実績管理から、利益を生み出す構造そのものを理解する管理会計へ近づけることができます。
⑤経営戦略―何をすれば業績が動くのかを考える
そして最も重要なのが、経営戦略への活用です。
例えば、事業の売上を、
・顧客数
・客単価
・営業人員
・販売チャネル
・地域
・広告投資
・商品数
・特許数
などに分解し、それぞれと業績の関係を分析します。経営会議では、営業を強化すべきだ/新規顧客を増やすべきだ/価格を上げるべきだといった議論が起こります。しかし、本当に重要なのはそれを実施すると、どれくらい業績が動く可能性があるのかです。重回帰分析は、その意思決定を支える一つの道具になります。もちろん、重回帰分析だけで経営戦略が決まるわけではありません。市場環境、競合、顧客ニーズ、現場の実行能力など、数値化しにくい要素もあります。だからこそ、定性的な仮説と定量的な分析を組み合わせることが重要です。
■AI時代だからこそ、分析の目利きが重要になる
AIによって、重回帰分析の実行そのものはますます簡単になっていくでしょう。データを渡して、重回帰分析を実施してくださいと指示すれば、数式もグラフも分析結果も短時間で出てくるようになります。しかし、そこで重要になるのは分析できる人ではなく、その分析結果を信じてよいのか判断できる人です。
・何を目的変数にするのか。
・どのデータを使うのか。
・どの変数を入れるのか。
・データに偏りはないのか。
お互いが似ているだけの相関関係を、原因と結果の因果関係と誤認していないか。分析結果は、現場の実態と整合しているのか。そして、その結果を経営判断に使ってよいのか。AIが高度になるほど、こうした問いの重要性はむしろ高まります。データ分析は、AIに任せれば終わる仕事ではありません。AIに分析させ、人間がその分析の妥当性を評価し、経営上の意思決定につなげる。そのためには、重回帰分析のような基本的な分析手法について、計算方法だけではなく、何が分かり、何が分からないのかを理解しておくことが重要です。重回帰分析は決して新しい手法ではありません。しかし、企業に蓄積されるデータが増え、AIによって分析が容易になった現在だからこそ、その基本的な考え方を学ぶ意味は大きくなっています。





