日清食品と聞いて、何を思い浮かべるでしょうか。おそらく多くの人が、カップヌードルを思い浮かべるのではないでしょうか。1971年に発売されたカップヌードルは、いまや世界的なブランドとなっています。それだけではありません。チキンラーメン、日清焼そばU.F.O.、日清のどん兵衛、出前一丁など、日清食品には長年にわたって支持されてきたブランドが数多くあります。1948年に安藤百福氏が創業した日清食品は、2026年で創業78年を迎えます。日清食品ホールディングスの2026年3月期の売上収益は7,881億円に達しています。 これだけのブランドと事業基盤を持つ会社であれば、普通は「いかにして今の強みを守るか」が経営の中心になっても不思議ではありません。ところが、日清食品の経営を見ていると、むしろ逆の方向を向いているように感じます。いま成功しているものを、どう守るかではなく、いま成功しているものを、どう乗り越えるか。ここに、日清食品の3代目経営者である安藤徳隆氏の特徴があるのではないでしょうか。
私自身、大阪に住んでいた頃、池田市のカップヌードルミュージアムを訪れ、自作のカップヌードルを作ったことがあります。そこで面白いと思ったのは、単に日清食品の歴史を展示する博物館になっていないことでした。自分でカップをデザインし、具材を選び、自分だけのカップヌードルを作る。商品の歴史を見るのではなく、自分自身がブランドを体験する仕組みになっています。商品をどう作るか。それをどう伝えるか。どう記憶してもらうか。どう体験してもらうか。そして、次に何を作るのか。それらを一つのつながった活動として考えている、ということを感じました。
※安藤徳隆氏の経営思想については、著書『日清食品をぶっつぶせ 自ら創造し、自ら破壊せよ』(日経BP、2025年)参考にしています。
創業家3代目という特殊な立場
安藤徳隆氏は1977年生まれです。日清食品創業者・安藤百福氏の孫であり、現在の日清食品ホールディングス代表取締役社長・CEOである安藤宏基氏の長男です。2007年に日清食品へ入社し、2015年に日清食品の社長に就任しています。祖父は、世界初のインスタントラーメンを生み出した創業者です。父は、カップヌードルを中心とする巨大なブランド群をさらに発展させた経営者です。その2人の仕事を間近で見てきた人物が、3代目として会社を率いています。しかも徳隆氏は、入社前に祖父・安藤百福氏のカバン持ちを3年間経験しています。さらに、3代目として会社を潰すのではないかというプレッシャーを幼い頃から意識していたと語っています。偉大な会社を維持しなければならないという責任と、自分の代で新しいものを作らなければならないという欲求。この二つが同時に存在していることが、徳隆氏の経営を理解するうえで重要なのではないかと思います。
強すぎるブランドは、経営上のリスクにもなる
日清食品を考えるうえで、非常に興味深いのがカップヌードルという存在です。これほど強いブランドを持っていることは大きな競争優位です。一方で、カップヌードルが売れているのだから、今のやり方を続ければいいという発想に陥る可能性もあります。企業は成功すると、過去の成功パターンを繰り返すようになります。売れる商品、強いブランド、優秀な営業組織があれば、それをさらに効率化することは合理的です。しかし、市場環境が変われば、その合理性は簡単に崩れます。日清食品が面白いのは、こうした問題をかなり意識的に扱っているように見えることです。同社には自ら創造し、自ら破壊するという考え方があり、これは徳隆氏の2025年の著書のタイトルにも表れています。著書では、ユニークなブランドコミュニケーションだけでなく、完全メシ(日清食品が独自のフードテクノロジーを駆使し、日本人の食事摂取基準で設定された33種類の栄養素とおいしさの完全なバランスを追求したブランド)などの新規事業や、創業家としての責任と葛藤についても語られています。
商品ではなく、事業そのものをデザインする
徳隆氏の経営で特に興味深いのが、クリエイティブをマーケティングの一部に限定していない点です。日清食品の広告(=インターネットミームやユニークな演出を取り入れた自前主義による独創的なクリエイティブで常に話題を集める)を見ていると、そのユニークさに目が行きます。しかし、本当に面白いのは広告そのものではありません。商品開発、ブランド、広告、顧客体験、新規事業などが、それぞれバラバラに存在しているのではなく、一つの方向性のもとで設計されているように見えることです。例えばカレーメシのような商品は、既存の即席麺を改善する/本格的なカレーを目指す、というより、新しい食べ方やカテゴリーを作る発想から生まれています。ここから見えてくるのは、マーケティングで売る商品を作るという発想とは少し違うということです。商品そのものと、その商品が市場でどう認識されるかを一体として設計する。これは、いわゆる広告がうまい食品会社という説明では足りません。経営そのものに、クリエイティブの発想を持ち込んでいるように見えます。実際、徳隆氏の著書について、クリエイティブディレクターの佐藤可士和氏も経営の中心にクリエイティブがあると評価しています。
論理と面白さを両立させる
徳隆氏の経歴を見ると、もう一つ興味深い特徴があります。理工系の大学院で学んでいる一方、スポーツにも打ち込み、ラクロスではU-19日本代表に選ばれています。もちろん、理系だから論理的、スポーツ経験があるから精神的に強い、と単純に結びつけることはできません。ただ、徳隆氏の経営を見ると、論理的に市場や事業を捉えたうえで、最後は他社と同じことをしない方向に踏み込む姿勢が目立ちます。市場を分析する。顧客を理解する。商品を検証する。そのうえで、普通に最適化するのではなく、まだ誰もやっていないことを探す。この組み合わせが、日清食品の独特な商品開発やブランドコミュニケーションにつながっているのではないでしょうか。
ビジネスパーソンの活かし方
徳隆氏の考え方をそのままビジネスで活かすことは難しいかもしれません。しかし、3点ほどビジネスでも真似できる考え方があるかと思っています。
➀ユニークを目指す
生成AIの時代、ある程度の知識であれば誰でもすぐ追い付ける時代になりました。知識があるだけでは独自性を作れなくなっています。そこで、どういう道を選ぶか、何を専門として磨くか、を組合わせて自分なりの独自性を身に着ける=芸能人的なキャリアを目指す考え方です。奇抜なだけではダメ、と言われていましたが、これからの時代は奇抜ささえも独自性に繋がるかもしれません。
②自分で自分の仕事を設計して面白くする
企業に属して上から仕事が降ってくる働き方だと、どうしても自分でコントロールできなくなり、結果として仕事がつまらなくなります。そうではなく、自分で能動的に仕事を設計して上司より先に仕事を回す、もしくは新しい仕事を作り上げていく気概を持って仕事を面白くしていく考え方です。どうしても仕事で自分の裁量が限られていると出来ることは限られますが、自らの範囲内で工夫を凝らして面白くすることはできるはずです。
③自分の過去の成功体験を壊す
ビジネス経験を10年20年と築いていくと、どうしても過去のやり方をそのまま踏襲してしまう、馴染みの考え方に固執してしまうようになります。そうすると、現状の延長戦上でしか発想が及ばず、時代の変化に取り残されてしまいます。実験感覚でやってみよう/遊び心で試してみよう、といったマインドで全然取り組んだことのない仕事や進め方でやってみる。そうすると、必ず行き詰まりますがなんとかしようと頭がフル回転します。こうして新しい成功体験が生まれることに繋がります。
今回は、日清食品の社長である安藤徳隆氏を中心に取り上げてみました。現在の日本企業の経営者としては異色の人物だとは思います。ただ、成熟化した日本市場で更なる成長を遂げる/ブレイクスルーを起こすに際し、学べる考え方があるのではないでしょうか。



