最近、システムの老朽化に伴い、顧客がシステム刷新や置き換えを検討する場面に遭遇することがあります。その際によく耳にするのが、「基本的には現行システムと同じ機能で」「今のシステムで困っているところだけ、追加要件にしましょう」という考え方です。つまり、現状踏襲と、現在の延長線上での改善です。もちろん、既存業務をそのまま新しいシステムに移行することが合理的な場合もあります。しかし、システムが老朽化したから刷新するのであれば、本来問うべきなのは今のシステムをどう新しくするかだけではありません。「これからの会社に、どのような業務やマネジメントが必要なのか」「そのために、どのようなIT基盤やデータ基盤が必要なのか」というところまで遡って考える必要があります。システム導入では業務整理とあるべき姿をセットで考えるとよく言われます。しかし現在では、それだけでは十分ではありません。業務改革、IT改革、そして生成AIを含む全体を一体として捉える必要があります。では、なぜ多額の投資をしてシステムを刷新しても、期待した成果が出ないのでしょうか。今回は、システム・AI導入を単なるITプロジェクトではなく業務・経営基盤の変革と捉え、成果を阻む典型的な要因と、その解決の原則について考えてみます。
① システム導入が成果を出せない原因
〇多過ぎる追加開発
システム導入の当初は、「できるだけ標準機能を使い、カスタマイズは最小限にする」という方針が掲げられることがあります。ところが要件定義が進んでいくと、営業、製造、経理など各部門から、「この機能がないと業務が回らない」「今までできていたことができなくなる」「この処理だけは従来通りにしてほしい」といった要望が次々に出てきます。意思決定者が個々の業務の詳細を十分に理解していなければ、結局、「そこまで言うなら対応しましょう」と譲歩することになります。そして気が付けば、当初は最小限にするはずだったカスタマイズが膨れ上がり、新しいシステムの中に古い業務が大量に組み込まれている。これは単なる要件定義の問題ではありません。その背景には、現状を変えたくないという意識と、自部門の業務を最適化しようとする意識があります。営業にとって便利な機能、製造にとって便利な機能、経理にとって便利な機能をそれぞれ積み上げていけば、全社として最適なシステムになるとは限りません。むしろ部門ごとの要望を足し合わせた結果、全体として複雑で使いにくいシステムになってしまうことがあります。その結果、追加開発費用だけでなく、将来のバージョンアップ対応、保守費用、システム変更の柔軟性などにも大きな負担が生じます。何を残すかだけではなく、何を捨てるかを決めるための戦略がなければ、システム刷新は単なる現状の再構築になってしまうのです。
〇現場の抵抗
もう一つ、システム導入で避けて通れないのが現場の抵抗です。そもそも現場からすれば、「なぜ今のやり方を変えなければならないのか」「自分たちの意見は聞いてもらえたのか」「新しいシステムを本当に使いこなせるのか」「自分の仕事がなくなるのではないか」という不安があります。経営層やIT部門からすれば、「システムの保守期限が来る」「DXを推進する」「業務を標準化する」といった話は合理的なものに見えるでしょう。しかし、それらの言葉は現場の従業員にとっては抽象的です。自分の日々の業務がどう変わるのか、何が楽になり、何が大変になるのか。それが分からなければ、システム導入は上から降ってきた変化として受け止められます。さらに、ベテラン社員が長年の経験の中で築き上げてきた業務を、非効率だから/標準化するからという一言で片づけてしまえば、そこには当然、心理的な抵抗も生まれます。短期的には業務が変わることによる痛みが発生する一方、長期的なメリットはまだ見えません。そのギャップが大きければ、現場は新しいシステムに適応するよりも、旧システム時代のやり方を何とか再現しようとします。結果として、新システムを導入したにもかかわらず、Excelや紙、個人管理のデータなどが復活し、以前と変わらない業務が続いてしまう。システムは導入できても、組織が変わっていない。これが、システム導入が成果につながらない典型的な状態です。
〇データの活用不全
システム導入には、データがリアルタイムで取得され、経営や現場の意思決定に活用できるようになるという期待もあります。実際、新しいシステムには膨大なデータが蓄積されます。しかし、データが存在することと、データを活用できることは別の問題です。「どのデータが現在の事業にとって重要なのか」「そのデータを使って、誰が、どのような意思決定をするのか」「どの頻度で確認し、どのようなアクションにつなげるのか」こうした設計がなければ、システムは大量のデータを保存するだけの記録装置になってしまいます。さらに、データ品質の問題もあります。マスタデータの重複や不整合、入力ルールの不統一、必須項目の未入力、不適切な初期値、コード体系の未整備など、データを蓄積する段階で問題が発生しているケースは少なくありません。システムを入れればデータがきれいに揃うと考えるのは危険です。データをどのような経営管理や業務管理に使うのかという目的が先にあり、その目的に応じてデータの定義、入力ルール、マスタ管理、KPIを設計する必要があります。つまり、データ活用の問題も、実はシステムの問題というより、経営と業務の設計の問題なのです。
② 解決の原則――戦略設計と人・組織への寄り添い
ここまで挙げた3つの問題には、共通点があります。追加開発が増える。現場が抵抗する。データが活用されない。一見すると、それぞれ別の問題に見えます。しかし、その根底にあるのは、システムそのものではなく、システムを導入する前の戦略設計と、導入によって変化する人・組織への働きかけが不足していることです。だからこそ、システム導入を成功させるためには、何を導入するかより前に、なぜ導入するのか/何を変えるのか/誰がどう変わるのか、を明確にする必要があります。
〇会社方針の策定と合意
特に全社に影響するような大規模なシステムを導入する場合、まず必要なのは全社としての方針を定めることです。システム導入後、会社がどのような状態を目指すのか。そのために業務をどう変え、どのようなマネジメントを行い、どのようなデータを蓄積・活用するのか。
例えば、次のような問いを事前に議論しておく必要があります。
・自社は今後5~10年でどこを目指すのか
・そのために、どのような業務・マネジメントへの変革が必要なのか
・システムやAIによって、どのような仕事を人からシステムへ移すのか
・どのようなデータ管理・KPI管理が必要なのか
・システムに何を期待し、何を犠牲にするのか
・どこまでを標準機能に合わせ、どこからをカスタマイズするのか
・システム投資に見合うリターンをどのように測定するのか
特に重要なのが、トレードオフを明確にすることです。すべての部門の要望を満たすことはできません。すべての既存業務を残すこともできません。標準化によって失われるものがある一方で、全社最適によって得られるものもあります。だからこそ、個別部門の要望をその場その場で判断するのではなく、あらかじめ何を標準とし、何を例外として認めるのかという全社的な判断基準を持っておく必要があります。ここまで議論して初めて、システム導入は古いシステムを新しいシステムに置き換えるプロジェクトから、経営・業務基盤を刷新するプロジェクトへと変わります。
〇全社への周知徹底
そして、方針を経営層やIT部門だけで共有して終わりにしてはいけません。システム導入に関係する部署、場合によっては全社に対して、その目的と意義を繰り返し伝える必要があります。なぜ今、このシステムが必要なのか。会社は何を目指しているのか。自分の仕事はどう変わるのか。変化によって何が大変になり、何が良くなるのか。こうしたことを説明会や質疑応答、社内イントラネット、経営者からのメッセージなどを通じて伝えていきます。重要なのは、単に新しいシステムを使ってくださいと伝えることではありません。この変革を、自分たちの会社を良くするための取り組みとして理解してもらうことです。そのためには、各部門から推進メンバーを選び、現場の声を吸い上げるだけでなく、成功事例や苦労した経験も共有していく。一方的に変化を押し付けるのではなく、現場自身が変革の当事者になるように設計することが重要です。
①で述べた現場の抵抗は、単に現場が変化を嫌っているから発生するのではありません。なぜ変わるのか分からない/自分たちは変革の外側にいるという疎外感から生まれることが多いのです。だからこそ、全社への周知と巻き込みが重要になります。
〇人中心のマネジメント
最後に最も重要なのが、人を中心にプロジェクトをマネジメントすることです。システム導入プロジェクトでは、タスク管理表を見る限り、すべてが予定通り進んでいる。要件定義も終わった。開発も終わった。テストも終わった。ところが稼働直前になって、このシステムでは業務が回らない/現場が使えないという問題が突然表面化することがあります。これは、タスクが進んでいなかったのではありません。人の変化が進んでいなかったのです。そのため、プロジェクトを進める際には、
・このタスクを担当しているメンバーは、今回の変革を理解しているか
・現場に不安や抵抗は生じていないか
・生じているのであれば、誰がどのようにケアするのか
・短期的な業務負荷の増加と、将来的なメリットをどうバランスさせるのか
・変革の推進役となる人物は誰なのか
といった、人と組織の状態を常に確認する必要があります。特に重要なのが、変革を現場に浸透させる核となる人物を置くことです。経営者が方針を示し、IT部門がシステムを構築するだけでは、組織は動きません。現場の言葉を理解し、現場の不安を吸い上げ、それを経営やプロジェクト側に伝え、逆に経営の意図を現場に伝える。そうした人材を中心に、組織を巻き込んでいく必要があります。そして、ここに今後のAI時代におけるシステム導入プロジェクトの大きな変化があります。これまでシステム導入では、システムに詳しい人や、業務知識が豊富な人が中心となってプロジェクトを動かすことが多くありました。もちろん、これらの知識は今後も重要です。しかし、生成AIの進化によって、技術情報や業務知識の検索、整理、比較、文書化など、これまで専門家に依存していた作業の一部はAIによって補完できるようになっています。そうなると、相対的に重要になるのは、知識そのものよりも、知識を使って組織を動かす能力ではないでしょうか。
具体的には、
■交流:様々な関係者を巻き込み、合意形成する力
■共感:現場の不安や抵抗を理解し、寄り添う姿勢
■推進:困難な状況でも変革の意義を掲げ、組織を前に進める力
■学習:AIを含む新しい技術を学び、状況に応じて活用する力
■企画:抽象的な経営方針を具体的な業務・システム・施策に落とし込む力
こうした能力が、これからのシステム導入において、ますます重要になっていくと考えています。システムを導入すること自体は、今後ますます容易になっていくでしょう。AIによって、要件整理、プログラム開発、データ分析、マニュアル作成など、専門的な作業の多くも効率化されていくはずです。しかし、会社が変わることは、システムを導入することほど簡単ではありません。人には感情があり、組織には歴史があり、部門にはそれぞれの利害があります。だからこそ、システム・AI導入の成否を分けるのは、最新の技術を選ぶことだけではありません。何のために変えるのかを戦略として描き、誰がどう変わるのかに寄り添いながら、人と組織を動かしていくこと。そこに、これからのシステム導入(AI導入含む)における本当の難しさと、同時に大きな価値があります。





