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2025-12-19 業務改革 在庫/生産管理

在庫適正化にAIは効くのか?需要予測を冷静に分解する

上場会社の企業価値向上へ寄与することを目的として実施された市場区分の見直し(2022年4月)により、上場市場は3区分(プライム、スタンダード、グロース)に分けられました。そしてこの動きに加えて、単に損益計算書上の売上や利益水準を意識するだけでなく、バランスシート(貸借対照表)をベースとする資本収益性を意識した経営を実践するよう、東京証券取引所が市場に対して要請しています。これは日本企業の多くがPBR(株価純資産倍率)1倍割れを起こしており、資本を持っているのに活かし切れていない企業が多い、それによって株式市場全体の評価が低迷してきたことが背景に挙げられます。PBR1倍割れの企業の特徴として、①資本効率が低い➁余剰資産/非効率なバランスシート➂成長戦略が見えない、があります。

※株価純資産倍率が1倍を切るというのは、会社を丸ごと買って資産を清算した方が理論上は得に見えるという評価が市場からなされている状態を指します。

資本効率を上げる必要がある中で、特に弊社では「在庫」に着目しています。全社の未来に向けた大型投資の可否判断というよりかは、通常の製造業などの業務で多くを占める在庫という資産の有効活用を念頭に置いています。在庫の有効活用の話の中で、直近ではAIを用いた需要予測や在庫管理の考え方が出てきているため、一度整理してみたいと思います。

まず、AIを用いた需要予測を行っての在庫適正化は、一定の条件を満たせば可能ですが、そうでなければ難しい、という結論です。これからその難しさを整理していくのですが、まずそもそも在庫を適正化するときの需要予測の位置づけを捉えてみます。(そもそも在庫とは何か、どういう役割を果たすのか、細かい在庫設定の計算式などは別で取り上げます)

在庫適正化の際の肝は、実は安全在庫の設定です。安全在庫はざっくりいうと、変動の不確実性を吸収するために必要とされる在庫のことを指します。この安全在庫は、出ていく量、出荷量、需要を予測して反映することによって可能になります。安全在庫の精度は、需要の予測にかかっているのです。このため、在庫管理をして在庫適正化を図ろうという文脈で物事を語るとき、需要の予測とほぼ同義になるのです。

■需要予測の難しさ

需要予測の重要性がわかったところで、難しさについて触れていきます。需要予測、とは未来の売れ行きや出荷量を過去の様々なデータを元に予測するということです。現在起こっている事象の因果関係を紐解くではなく、将来のことです。どれだけ過去のデータが揃っていても、将来の動き方を完全に予測することはできません。売れ行きや出荷に影響を与える因子の数が多かったり、どの因子がどれだけの影響を持つかを設定するのがカオス過ぎるからです。過去のデータが全くない新商品であれば尚更難しいでしょう。そしてBtoBであっても、最終的には個人消費者向けの製品やサービスになることを踏まえると、人の気まぐれな購入の意欲に左右されることになるため、難しさがご理解頂けると思います。但し、極めて単純な法則によって売れ行きや出荷量が予測できる場合は可能ですが、そんなことが中長期的に続く事象は世の中に無さそうです。コンビニのおにぎりの売れ行き、イベントの参加者数、季節ごとの新作のウェアetc

ただ自宅で個人で使用する水の量やティッシュの量から、毎月どの程度蓄えておけばよいか、といった極めて少数or個人のアウトプット量を予測するだけなら可能ですが、誰でも簡単に読めるので、予測する必要が無かったりします。

■需要予測を行う計算ロジックモデル例

需要予測には2つのアプローチがあり、定量的/定性的の2つです。定性は、勘や経験といった主観的判断で行うものです。定量は論理的な計算モデルを使ったものです。大きく3つあります。
現代では、流石に勘と経験だけで需要を予測するには限界があると考えられており、定量アプローチが主流になっています。

1)時系列モデル・・・過去の連続的なデータを分析し、水準やトレンド、季節性などの特徴を抽出して予測(移動平均法、指数平滑法など)
2)因果モデル・・・需要とそれに影響する要素(気温、天候、チラシ枚数など)の因果関係を組み込んで予測(重回帰分析など)
3)判断的モデル・・・様々な情報を基に人が意思決定する予測(積み上げ法、デルファイ法、ベイジアンなど)

※各々の手法の説明は別の回で取り上げます。

生成AIを用いる前であっても、色々な定量アプローチによって需要予測の精度を上げる試みやモデルは工夫されてきました。

■AIによる需要予測の手法

需要予測の計算ロジックモデルの考え方がわかったところで、世に提供されているAIを用いた需要予測ソフトウェアを調べてみましょう。AI特有の考え方なのか、従来の予測モデルと同様なのか。どうなのでしょうか。(web上での概要説明を拝借)

1)Forecast Pro TRAC (日立ソリューションズ東日本)
販売実績データから気温・天気、経済指標、販売キャンペーンなど複数の外部要因を考慮して、予測の根拠と共に需要を予測する。11種の予測手法を実装しており、データの傾向から適した予測手法を自動で選ぶ。マシンラーニング、指数平滑法、ボックスジェンキンス法、類似モデル(新製品向けの予測手法)など。

2)Airlake Forecasting(DATAFLUCT)
売上・来客数などの予測したい項目の条件を入力し、関連データをCSV形式でアップロードすることで、AIが自動で最適な予測モデルを構築するサービス。予測実行を行う際は、利用するモデルを選択し、予測に必要なデータをCSV形式でアップロードすることで、AIによる予測結果を得ることができる。これにより、予測業務の工数削減や属人化の解消、そして予測精度の向上を目指す。

3)est!forecast(株式会社東京システム技研)
誰でも簡単に使えるAIによる需要を予測するクラウドサービス。AIがお客様の製品ごとに好適な予測モデルを自動で構築するため、データサイエンティストがいなくても予測可能。

これら3つの概要説明を見てみると、データから適切な(従来から存在している)需要予測モデルを選択する、もしくはモデルを自動で構築する、ことが読み取れます。(但し➂のソフトウェアは自動でAIが構築、と記載がありますが、どのような考え方のモデルをAIが独自で組むのかの記述は無かったため、恐らく既存のモデルを選択する形式だと思われます)

ということは、AIを用いたとしても、従来の需要予測モデルを使っていることがわかります。モデルの選択やパラメータの設定が自動になる分、人の手間暇が効率化されるニュアンスも同時に読み取れます。

■AIでの需要予測の難しさ/リスク

AIであっても従来の需要予測モデルを使うことがわかりましたが、ここでAI特有の需要予測の難しさについて6点触れていきます。

1)そもそも需要量の予測は変数が多過ぎてAIであっても予測は難しい
未来の予測にはどういう因果が影響するかは完璧に解析することはAIであっても難しいです。バタフライエフェクトのように、地球の裏側の蝶の羽の揺らぎが台風や嵐を最終的に生み出すと予測することは因果があまりに複雑すぎて難しいです。

2)計算手法がブラックボックス化し、なぜそうなったのかの説明できない
AIが自動的にモデルを選択してくれるとしても、なぜそのモデルを選択したのかを人が理解できないため、再現性が失われる可能性があります。他の製品/サービスに適用しようとしても再現できなくなります。

3)計算手法が複雑すぎて、市場が変化した時にパラメータを調整できない
2)と絡みますが、AIの判断が多数の影響を考慮したものであるとすると、どんな変数のパラメータをどの程度動かしているのかが不明で、市場が変化したときに人がどの程度動かせばよいのかが皆目見当がつかない状況になります。

4)丸投げしておけばよい、と思考しなくなってしまう
これはAIに限らずですが、AIは全能であると捉えてしまい、なにもかも任せてしまえば大丈夫、と判断し、考えなくなってしまいます。結果、トラブルや変化が起こった時に何がどうなっているのかがわからず、右往左往することになります。製造業だと出荷停止の追い込まれたり、評判失墜といったことに繋がります。

5)物理的な側面を考慮できない
AIはデジタル世界だけで完結するため、モノが実際に存在するか、倉庫に届いているか、といった物理的な影響を加味することができません。需要予測が完璧だったとしても土台となる実物の在庫や出荷量があやふやでは適正化は覚束ないです。(センサーを用いた在庫管理や、フィジカルAIも登場してきているので将来は出来る可能性はありそうです)

6)セキュリティ事故の場合の手動リカバリーが非常に難しい
5)とも絡みますが、デジタル世界だけ&モデルの考え方が複雑すぎる、ので、セキュリティ事故が起こって手動で対応をせざるを得ない場合、全くリカバリーができなくなります。数十年に1回しか起こらない事象かもしれませんが、人が理解できる形に仕立てておかないと事故の場合に途方にくれることになります。

■現実的な進め方

今までのことを踏まえると、AIによる需要予測による在庫最適化をいきなり狙いにいくのはあまりお勧めできないです。そのため、3ステップほどに分けて進めることを推奨します。

1)まずはExcelレベルの計算式で需要を予測する考え方を簡易にでも把握して進めること
2)VBAやBIツール、python等を用いて需要予測の考え方を丁寧に高度化して現場に適用する
3)その考え方をベースにAI適用できる範囲を明確にして徐々に適用する(システム対応、人手対応と層別化)

このような進め方ならばムリなく在庫最適化に繋げられますし、AIを用いた場合のリスクも軽減していけると思います。

また、以下のような条件が揃うことがAI活用には必要です。
■SKU数が多すぎない/階層設計されている
■過去データが一定期間・一定品質で蓄積されている
■需要変動要因が比較的安定している
■現場が予測結果を解釈・修正できる体制がある

さて、本日はAIで需要予測を行っての在庫適正化を扱ってみました。AIを用いたとしても需要予測と在庫適正化はどうやら一筋縄ではいかないようです。弊社が支援している顧客でも需要予測でいきなりAIを用いることはせずに、在庫がなぜ多く発生しているのかをサプライチェーンの文脈から紐解いたり、在庫適正化の考え方の理解や品目への部分適用から始めています。

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